2019-09-04

【山の街を描いて】水車新田 滝ノ下【山の街を知る】

こんにちは、ろこぐるライター&イラストレーター※の高橋です。
※女性を描くのがとにかく好きです。

唐突ですが、山側の街並みっていいですよね。
建物と空が近かったり、建物のすぐそばに緑がデーンとあったり、独特の雰囲気があります。
六甲山周辺はそんな良い感じの山と街並みの組み合わせがたくさん見られます。

こことか

こことか

こことか。

……いかんせん写真を撮るのが下手で、よさが伝わりきらないですね。
せっかく絵を描いてるんだから、山の街の魅力は、僕の場合イラストで表現するほうが皆さんに伝えられるでしょう。
(ついでに女の子もいっしょに描くともっといい感じになるでしょう!)

という訳で!

毎週(なるべく)、ろこぐるライター&イラストレーター高橋が六甲山周辺の街をぐるぐるぶらつき良い山街風景を探して、
山側ならではの街並みと女の子のイラストを描き、
その土地のアレコレをいっしょに紹介します!

今回見つけて描いたのはここ!

六甲山のふもと 水車新田 滝ノ下

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六甲山ケーブルカーが走る六甲山の玄関口、六甲ケーブル下駅のすぐ近くに、水車新田 滝ノ下という地域があります。
かわいい形のアパートや住宅が山の緑と一緒に立ち並ぶ素敵な山街風景だったので、この街から通学している女の子と一緒に描いてみました。
どうでしょうか。いい感じじゃないですか?

地名に入ってる水車ですが、周囲にそれらしきものは見当たりません。
なぜ水車が地名に入っているのか、気になったので調べてみました。

そもそも水車って?

水車の見た目はパッとイメージできると思いますが、どんな用途で使われているか分かりますか?
実は電気やガスが普及されていない時代は、とても重用されていた「エネルギー変換装置」だったんです。
水辺でぐるぐる回ってるだけのものじゃないんです!

水の流れを回転というエネルギーに変換して、水車に歯車を介して繋げられたさまざまな機械へ伝えて動かす。
自然エネルギーを機械エネルギーへ変換するものを「原動機」と言いますが、水車は人類最古の原動機なのです。

絞油業が盛んだった江戸時代の六甲山周辺

江戸時代、真っ暗な夜に明かりをもたらす灯油(ともしあぶら)の需要はとても高いものでした。

皿に油を入れて灯芯に染み込ませて火を灯していました。
風で消えないように、木枠と紙で覆ったものが時代劇などでよく見る「行灯」です。

灯油には菜種油などが使われていました。
菜種油はその名の通り、菜種から絞り出された油です。
書くと簡単ですが、人力で絞るにはかなりの労力が必要になります。
そこで、効率的に油絞りを行うために使われたのが水車。
紀州の郷士 田林宇兵衛という人が、六甲山を源流とする川の豊かな水流に着目し、数多くの水車が建設され、膨大な量の灯油が六甲山周辺で生産されていました。

水車絞り職人が集まって開かれた村 水車新田

六甲の川沿いに多くの水車が建設される中、職人たちが集まって開かれたのが、水車絞り専業の村である水車新田です。
その盛況ぶりは、水車新田を含む西摂が灯油を作って作って作りまくり過ぎて、江戸と大阪を中心とした当時の経済システムに影響を及ぼしたため、統制・規制をかけられてしまうほどでした。

その後、酒作りの精米にも利用され、次第に精米が中心的な用途へ移り変わっていきました。
維新で江戸幕府が倒れ、明治期になっても川の流れとともに水車を回し続け栄えた水車新田。
しかし、電気や蒸気機関の発明・普及により衰えはじめ、いつしか水車新田から水車の姿が見えなくなりました。

以上が水車新田の超簡単なあらましです。
水車はなくなってしまいましたが、水車絞りが盛んだったころ、村民が土地と水車で絞った油の海上輸送の平安を願って建てられた神社が、今も残っています。

大土神社

社殿の前は広場になっています。

ここで野球やゴルフなどのあそびはしてはいけません、との看板。
年季が入りまくってます。
僕が行ったときは人がいませんでしたが、昔は多くの子どもたちが集まって遊んでいたのでしょう。今はどうなんでしょうか。

いろんなドラマがある山の街

あまり下調べせずに、山の街の風景を適当に探してきて描いたのですが、描きながら調べてみると、いろんなドラマが見つかりました。
「綺麗な山と街の風景」ということだけを条件にランダムに取り上げた土地が、実は江戸時代にめちゃくちゃ需要があった灯油を、幕府から目をつけられるほど作りまくっていた職人集団が住む村だったなんて、少しびっくりしました。

もっと知りたい、山の街

そもそも、山に街や村を作ったり、山で暮らしたりするのは、平野にくらべて大変だったり、何か明確な意図があって開発された土地が多いのかなと思います。( ※なんの検証もしていないですが……。 )
だからこそ、色んなドラマがそこにあるのかなと。

水車新田から水車はなくなってしまいましたが、住宅街として今も残り、人々が生活を営み、暮らしています。
移り変わっていくもの、移り変わらないもの、そんなことに思いをはせながら描いてました。

これからどんどん六甲周辺の山の街に行って、描いて、調べて、山の街の魅力をお伝えしますので、よかったらまた読んでください~~~。
それでは!


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高橋聡

普段旅行にあまりいかないので、六甲ぐるりを機に色んなところに行きたいです~。
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